質問を投稿する
こんばんは。
さっそくですが、先日発売された『ラブコト』でのばななさんのコメントについて、私の解釈が的外れでないか、確認したくて質問します。
『人間を最終的に救うのはテクノロジーだと思っていて……』とあり、意外な感じがしました。普段、ばななさんの作品からは、どちらかというと感覚的でアナログなものへの評価を感じていて、テクノロジーという言葉の持つ響きに違和感があったんだと思います。以前別の機会に同じようなコメントを目にしたときも理解できなかったことを思い出しました。テクノロジーが救う、というのは遺伝子操作など最先端の技術が救う、ということだと解釈。それは、傲慢な考えではないのか?と思いました。
でも、もう少し考えていると、ドラえもんが脳裏をよぎり、答がわかりました(という、気がしました)。
それは、今はまだテクノロジーが人間を救うほど発達していないから諸々の問題が発生しているのであって、いつかそれらを克服することのできる魔法のようなテクノロジーにたどり着ける。そのことを信じている、つまり人間とその可能性を信じているという事なんだ、と。
テクノロジーは一朝一夕には発展しないから、魔法の域に達する為には、小さいことの尊い、気の遠くなるような積み重ねが必要で、でも、きっといつかたどり着けると言う事?
20年近くばななさんの作品を読ませて頂きながら、今まではただその作品から簡単に受け取れる良いところだけを受け取ってきたんだなぁ。こんなにじっくり考えてみたことはなかったと思います。ごめんなさい。
正誤はともかく、今回自分で初めて明文化した様な事、ばななさんの人間への信頼とか希望とか愛を作品の根底に見ていたからいつもあんなに心地よく読めたんだろうなぁと思いました。
なんだか恥ずかしくなってきましたが、せっかくの長文なので送信します。
最後に、くれぐれもご自愛くださいます様に。
 
(らな-2008.08.21)
私は、実は全くアナログ派ではないのです。
小説の中の人たちは寓話の人たちなので、あまり前面に出しませんが。
科学、化学、バイオの技術、工学、どれをとっても必ず人類は傲慢な域を何回も侵しながらも、知恵とテクノロジーの相互関係を深めながら平和を目指して発展していくだろうと信じています。
それだけが希望だと思っています。
クローンの技術は臓器売買をなくせるのか?などまだまだ時期が早い議論に対して意見は持っていませんが、直感的に、「自給自足、農村、自然保護、自然にかえろう」的なことではなく、科学技術が最も人を自然に近づけていくだろうと思っています。
魔法のようなテクノロジーはもうかなりの分野で存在しています。
問題はお金がかかることと、それを政府や企業が積極的に平和や安全に対して使っていないことなのではないかと感じています。
ひとつの技術が両刃の剣となって、悪い部分も発達してしまう危険を含めても、テクノロジーの力なくして人類が存続する可能性は低いとも思っています。
卑近な例をあげると、今、パソコンとメールがなかったら、私はほんとうに親しく励まされる友達(東京に住んでいる人はほとんどいない)と連絡がめったに取れないし、老年になって移動できなくなったら通信できることがますます命綱となるでしょう。
それをひとつとっても、「こんなこといいな、できたらいいな」を開発してきた人智に対する感謝を感じずにはおれないのです。
でももちろんあくまで個人的な意見です!
(よしもとばなな-2008.08.25)
はじめまして。
ずばり、ばななさんは新聞やTVのニュースとどのようにつきあっているのかを聞きたいです!
先月、なんとなく新聞をひとつとってみることに決めて、4紙まとめてコンビニで買って、読み比べてみたのです。
その結果、毎日新聞が一番好きだな、と思いました。私も。読んだあと、嫌な気持ちが残らなかった。
でも、ネットのほうで毎日新聞が物議をかもしているのも同時に知って、そっちも捨て置けない!と思ったもので(「おとしめる嘘」とか「濡れ衣」が病的に苦手)、とりあえず保留にしておいて、毎日新聞が訂正記事を出したら、速攻で毎日新聞をとることにしました。
それはそれでよかったのですが、やまほど新聞を読んで、比較するためにTVのニュースも見たりしていたら、すっかり気が滅入っていることに気づきました。記事に酔ったみたいな、変な感じです。そもそもなんで新聞とろうと思ったのかも、分からなくなってきました。
ばななさんはずっと新聞をとっているようですが、ばななさんが新聞から得ているものは、なんですか?
また、新聞やTVのニュースが生活や作品に影響することはありますか?
 
(sora-2008.08.19)
なるべく見ないようにしています。
だってたいてい気持ちが沈むんですもの。
でも自分ではどうすることもできない…なので、実家で大勢で見るときだけ見たりとか。
でも毎日新聞は感じがいいので、応援の気持ちでとって、好きな記事や、厳しい内容でもよい取材が多いなあと思うものを読んでいます。
一面の下のコラムもたいていすごくいいのです。
かなり影響受けているかも、毎日新聞に!
(よしもとばなな-2008.08.25)
ばななさん、こんにちは。
夏ですね〜。最近仕事のうまくいかないところと夏風邪があいまってめずらしくこれでもか〜というくらい弱っていたのですが「なんくるない」を読み返して持ち直しました。自分の生活とはあまり直接関係ない話なのになんでだろ〜弱るといつも読み返して元気をもらう本です。
読み終わったら海に猛烈にいきたくなって会社を休んで海にいってきました。
くらげにばっちり刺されましたが、しっかり復活しました。海ってすごい!!!
話はかわりますが、「なんくるない」にあるもずくのスパゲティつくってみました。
細麺のほうがもずくとうまくからんでおいしい気がするのですが、ばななさんはいつもどんな太さのスパゲティをつかっていますか? しょうもない質問ですみません。
 
(snow-2008.08.16)
ありがとう、これも最高に嬉しい感想です。
私も弱り切って沖縄に行ったときに書いた小説なので、同じことがわかちあえてよかったです。
私は、太麺が好みです。太いうどんでもいいってくらいの感じの作り方です。
でも私がいやというほど食べたそのパスタのもずくは、ちょっと育ちすぎたもずくだったので、太くって、だから太麺なのです。
細かったら、細麺が会うのかも!
(よしもとばなな-2008.08.25)
初めまして。
東京は毎日暑いですね。
8年くらい前、どうしようもない男の人との恋愛に破れ、布団の中で何も出来ない日々に、「デッドエンドの思い出」を読み、こりかたまっていたものが涙とともに、砂になり水になり、流れていきました。このような経験をしたのはこの時1度だけです。ありがとうございました。
今は、結婚をし、2歳の男の子がいます。
8/3の日記で「お手伝いさんやシッターさんは、甘やかしてくれるし仕事だからとことん遊んでくれるけれど、ママではない。そしてママは甘やかさないし仕事じゃないからちっともまじめに遊んでくれないけれど、この世でたったひとりで、とことんママである。その違いをチビのうちにしっかりと学んでいるのはとてもいいことだと思う。」と書いていらっしゃいました。
私は息子とちっとも真面目に遊べないことで、自分を責めていました。彼自身がやりたい事をバックアップしたい、と思っていますが、まだそういう時期ではなさそうですし。
ただ、話を聞く事、できるだけ笑顔でいること、外と触れ合わせることは意識しています。
ばななさんのおっしゃる「この世でたったひとりで、とことんママである。」というママはどういうママなのでしょうか。
また、働きながら子育てをするときに、心がけたことがありましたら、お聞かせいただけるとうれしいです。
まだまだ暑い日が続きそうですが、お体お大事に。
 
(ぶどう-2008.08.13)
お役にたててほんとうによかったです。書いた自分にもありがとうと思います。
そんな大事なときに役立てたなんて!
よくも悪くもママはとりかえられない、その程度のゆるい感じでいいのではないでしょうか?
私はそういうふうに思っています。
どんなにだめなママでも子供はママがいちばんなんですから。
(よしもとばなな-2008.08.25)
小学生のころから大切に大切に読ませていただいています。ばななさんの本に出会えて本当に良かった!
質問は子育てについてです。私は国際結婚をしています(今はまだ子供はいませんが……)。よく思うのは、日本と欧米では親子間の皮膚感覚・距離感が違うな、ということです。
夫の国を訪れ、4歳の子供のいる友人宅に行ったときに、子供がちょっとぐずってママの腕をパチンと叩いたら、お父さんが「お母さんを叩くな!」と顔色を変えて怒って、夜の暗い庭に問答無用で裸足のまま追い出されていました。夫も私もあまりの怒りようにびっくりしたのですが、あちらの文化では普通のようです。
また、先日6歳の男の子のいる日本人のご夫婦に会った際、男の子がふざけて、結構な勢いでお母さんにパンチ・キックを浴びせていて、でもお母さんは笑いながら受け止めていて、欧米とのあまりの違いに、驚きました。私自身はふざけてでも子供に叩かれたくないな〜、と思うのですが(痛いのがイヤ)日本の親子のほうがいつもぴったりと肌をくっつけているから子供が叩いたりするのもその延長上にあるのかな、とも思いました。
愛情を持って受け止めたり怒ったりするのであれば問題ないと思うのですが、ばななさんのお家では、もしチビちゃんが大人を叩いたとき、どうしているのかな、と知りたくなりました。
 
(カイテリテリ-2008.08.13)
私もかなり、反省するべきなほどぶって育てましたし、子供のパンチやキックもはしゃぐととまらなくなりすごいですが、ケースバイケースという要素がいちばん、あとはしている相手によりますね。
動物、他人の女子や親よりも目上の人だったら、部屋の外に出します。
私に対しては、ぶたれてぶちかえすときあり、怒鳴るときあり、しょんぼりするときあり。
しかしその根底に一貫性があり、混乱させてはいないという状態を保ってはいます。
(よしもとばなな-2008.08.25)
  2008年08月 ページ: 1 2
質問を投稿する